2006年06月16日

命と生き方について考える3冊

病院で死なないという選択―在宅・ホスピスを選んだ家族たち
12年前に、母を大腸がん発見からわずか5ヶ月で亡くしたときの経験から、「病院で自由も生きる喜びもなく死んでいく」ということに疑問を持ち、よく死ぬというのはどういうことなのだろうとずっと考えてきました。

そんな私なので「病院で死なないという選択〜在宅・ホスピスを選んだ家族たち」という新書に出会ったとき、迷わず手に取りました。読んだのは3月頃だったでしょうか。少し疲れていたせいもあって、ちょっと元気がないときで、私がこの本を読んでいたら長男に「あのさ、まだ、そういう本読むのは早いんじゃないの?」と言われてしまいましたっけ(心配かけてごめんね)。別に今、自分が病気だとか、その心配があるから読んでいたわけではないのだけれど。

でも、家族みんなが病気ときちんと向き合って、最期まで人間らしく生きられるように支えていく様子を読んでいると、たくさんの元気をもらえるような気がするから不思議です。家族ってありがたいと。そんな家族でありたいと。

そして、もしも自分ががんの告知を受けて、もしもすでに手の施しようがないのなら、やっぱり病院の天井をながめて、その日を待つのはいやだなと思いました。在宅にはこだわらないけれど、効くかどうか分からない抗がん剤を使って、副作用に苦しんで死に向かうくらいなら、ぎりぎりまで人間らしくありたい。ホスピスで穏やかにその日を迎えたいと思います。

鎌田實さんの「がんばらない」「あきらめない」の2冊は、あまりにも有名なので知っている方も多いと思いますが、私はついこの間読んだばかりです。「病院で死なないという選択」は、中山あゆみさんというジャーナリストが書いたものですが、こちらは在宅ケアやホスピスの充実に尽くしてきた諏訪中央病院の院長の著作。

ご自身の父親とのエピソードなども書かれていて、また違った視点で医療や命、家族のことを考えることのできる本です。がんばらないこと、あきらめないこと、だけど、一生懸命生きることの大切さ。

この本を読んだ日本中の人たちが、病気になったときには長野に行きたくなってしまうのではないかしら、他の病院もこういうふうに心の医療をしてくれないものかしらと、そんな心配も。

在宅ケアを推し進めてきた鎌田實さんが言っていました。「在宅ケアにこだわる必要もないんですよ。家で看取ってほしい人はそうすればいいし、病院のほうが安心なら、そのようにすればいいんです。大切なのは、本人が望んでいるようにしてあげること、その心の声を聞いてあげること」だと。

そしてね、たとえがん宣告を受けたとしても、人間にはナチュラルキラー細胞という、がんと闘ってがん細胞を食べてくれる細胞があるんですって。だから、がんに負けないという自分自身の強い意志というのはとても大切なんですって。

そう考えると、本人にきちんと告知することって大切なのかなと。母には言えなかったけれど。たぶん知っていたはずだけれど…

と、いろいろと考えさせられ、でも涙しながらも生きる元気の出る本3冊のご紹介でした。

がんばらない


あきらめない


kyoko0707k at 02:45│Comments(1)TrackBack(0) 本のこと 

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by miumiu 財布 正規   2013年12月21日 08:13
The customers of this confectioner’s shop were mostly Germans. They gathered there from all parts of the Voznesensky Prospect, mostly heads of shops of various sorts: carpenters, bakers, painters, hatters, saddlers, all patriarchal people in the German sense of the word. Altogether the patriarchal tradition was kept up at Muller’s. Often the master of the shop joined some customer of his acquaintance and sat beside him at the table, when a certain amount of punch would be consumed. The dogs and small children of the household would sometimes come out to see the customers too, and the latter used to fondle both the children and the dogs. They all knew one another and all had a respect for one another. And while the guests were absorbed in the perusal of the German newspapers, through the door leading to the shopkeeper’s rooms came the tinkling of “Mein lieber Augustin,” on a cracked piano played by the eldest daughter, a little German miss with flaxen curls, very much like a white mouse. The waltz was welcomed with pleasure. I used to go to Muller’s at the beginning of every month to read the Russian magazines which were taken there.
miumiu 財布 正規 http://www.aquawave.jp/img/miumiu1.php?product_id=100

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔